皆さんこんにちは。AmedTech代表の天野です。
前回のブログで書きましたように、抗体は体外診断薬ではよくつかわれるツールです。抗体、という同じ分子であり、共通する要素をたくさん持ちながら、数多くの標的分子を選択的に認識し結合する、という実に使い勝手の良いツールでした。では、よい抗体を得るにはどうしたらよいでしょうか?
さて、良い抗体の定義とはいったい何でしょうか。これはいろいろな定義があると思いますが、こと体外診断薬、という観点からみると以下のような定義をしてよいと思います。
1.は非常にわかりやすいと思います。この特性こそが検出試薬に抗体を使う最も有利な点です。2.で「強固な結合力持つ」としなかったのには理由があります。抗体を用いたほぼすべての検出手法では、洗浄工程が入ります。これは、余分な抗体を洗い流し、抗原と結合した抗体のみを残すことが目的です。洗浄液にはpHや浸透圧の調整用のバッファーや表面活性剤などが含まれることが多いですが、これらの薬剤を調整することによって洗浄能力を変えることが可能です。したがって余分な抗体が洗いきれないときには塩濃度を下げたり、表面活性剤の濃度を上げたりします。とはいえ、限界がありますので、標的にさっとくっついて、余分なものはするりと洗えることが良い抗体の条件になります。3.と4.は、特に製品にする際に求められる特性です。実験室では最も安定な状態で抗体は保存されていますし、保存環境も温度の安定な冷蔵庫であることがほとんどです。しかしながら製品にする際には抗体単独で保存されるよりも、ほかの薬剤と混合されたし、基材に塗布されたり、と必ずしも最適な条件とは限りません。抗体はたんぱく質ですから、たんぱく質が一般的に持っている特性を共有しています。すなわち、①熱に弱い、➁アルカリに弱い、➂乾燥に弱い、などです。ではどうしたらよいでしょうか?残念ながら最適解はありません。複数個の抗体を候補として用意して、最終製品の状態で保存試験などを実施して決めるしかありません。また、非常に残念なことに(とはいえ、よくあることですが)実験室で最も活性の良い抗体が、製品化した時には使えなくなってしまう、などということがあります。
上記の良い抗体の定義の中で、2.ー4.は候補となる抗体を試してみるよりほかには手がありませんが、1.に関してだけは、ある程度コントロールすることができます。とはいっても、すでに手元にある抗体をよりよくできるわけではなく、抗体を作る時点での話です。
抗体を核酸配列からデザインしたり、ライブラリの中から釣ってきたりする手法もありますが、まだまだ動物に抗原を注射して、そこから抗体をスクリーニングしてくる手法が主流です。これは、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、に近い発想ですが、何より歴史があるので手法が確立されているうえ、やはり生命の持つ効率の良さに対抗することはなかなか難しい、ということが言えます。さて、動物に抗原を打って、その動物が作り出す抗体産生細胞から、最も特異性が高く、かつ生産性の良い細胞をスクリーニング(選択)してくるわけですが、実はこの動物に打つ抗原にいろいろな秘密があります。
抗原はほとんどの場合たんぱく質ですが、抗体を得やすい抗原と得にくい抗原があります。抗原は一般的に血流内に注射され、おそらくリンパ節、あるいは脾臓の中で抗原提示細胞に取り込まれT細胞の協力の元B細胞から抗体が産生されることになります。すなわちたんぱく質全部が抗原となるわけではなく、一度バラバラにされた部品(ペプチド)が実質的な抗原となるわけです。さて、体外診断薬などで抗原を認識する際には、わざわざ抗原のたんぱく質を分解してペプチドにするわけではありません。どちらかというとなるべく自然な形で、すなわち検体内のたんぱく質(抗原)をそのまま認識しようとします。たんぱく質は長いペプチド鎖が折りたたまれた三次元的な構造を持っています。しかもこの構造はpHや塩濃度によって微妙に変化します。抗体が認識する抗原部位をエピトープといいますが、もしこのエピトープの形状が変化してしまうと、抗体の抗原認識能力は急激に低下します。したがって、環境要因によって変化の少ないエピトープ、また最もアクセスしやすいエピトープを認識できる抗体が、使いやすい抗体となります。しかしながら、このようなエピトープが動物に抗原を注射した際に、抗原提示細胞から提示されるとは限りません。特に検体が抗体作成用動物の血中と大きく条件が異なる場合は、抗原を注射した時点で抗原の持つ三次元的な構造が崩れてしまい、適切なエピトープが得られず、結果として認識能の高い(特異性が高くかつ結合力の強い)抗体を得られないことがあります。
実は実際の抗体作成の現場では抗原のたんぱく質そのものを注射することはあまり行われていません。いくつか理由がありますが、精製度の高い抗原を多量に入手することが困難であることが最も大きな要因です。マウスに抗原を注射して抗体を作るには、複数回の注射が必要ですので、数mgから数百mgの抗原が必要になります。もちろんアジュバントなどを用いて抗原量をなるべく少なくする手法もありますが、あまり効率的ではありません。したがって、実際の注射には合成ペプチドを使うことが多いです。(少なくとも筆者の勤めていた抗体製造会社ではそうでした)私のいた会社にはマジシャンみたいな人がいて、たんぱく質のアミノ酸配列を見て、「うん、ここだな。」と言ってペプチド配列を決め、それを動物に注射して、効率よく抗体を作っていました。数百アミノ酸からなるタンパクからどうやって抗原となるペプチドを決めるのか、それはまるで魔法を見ているようですた。どうやって決めるんですか?と聞くと、う~ん何となくかなぁ、という答えで、これは意地悪をしているわけではなく、本当に経験から抗原性の高い(良好なエピトープ)を見つけていたようです。ただし、いくつかヒントはくれました。
これらのヒントをもらったからと言って、翌日からペプチドデザインができるようになるわけではありませんが、何らかの参考になったらうれしいです。なかなか自分で抗原(ペプチド)を動物に打って、そこからモノクローナル抗体を作って、という方は少ないかと思いますが、本当に良い抗体は、抗体医薬品としても使われています。医薬品とするには抗体自身の持つ抗原性など、体外診断薬とは全く異なる課題が山積みですが、マーケットははるかに大きいです。そこまでいかなくとも、良い抗体を持っていることはビジネス上の大きなアドバンテージになります。本当に良い抗体は偶然性の高いものですので、仮に同じ抗原を使って同じ手法でモノクローナル抗体を作ろうとしても、同じ性能を持つ抗体を得ることは大変難しいです。今はモノクローナル抗体を作ることを受注している企業もありますので、そういった会社に外注し、候補となるハイブリドーマをもらい受けてきて自社内できっちりとスクリーニングを行い、良い株を継体していくのは悪くないアイデアだと思います。
もし抗体についてお困りのことがあれば、ご相談ください。何らかのお手伝いをさせていただければと思います。